研究の目的


 素粒子から宇宙のスケールに渉る自然の各階層で展開する、世界最先端を走る日本のニュートリノ研究を融合し、ニュートリノを使った科学研究フロンティアを進化・発展させる。本領域では、下図に示す研究テーマをカバーする世界の第一線の研究者集団を集め、「ニュートリノの質量と混合の解明に向けた基礎研究」、「ニュートリノによる自然観測」、「ニュートリノ研究をベースとした技術応用」を展開する。

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 ① 日本におけるニュートリノ研究は、小柴のノーベル賞受賞につながった1987年の超新星ニュートリノ観測から25年の間、ニュートリノ質量の発見、太陽ニュートリノ問題の解決、地球反ニュートリノの発見、3世代間ニュートリノ混合の確立、宇宙起源ニュートリノの発見、と世界第一級の成果を続々とあげてきた。その結果、「ニュートリノ研究は日本のお家芸」と言われるまでに世界の研究者の注目を集め、こんにち多くの外国人研究者がニュートリノ研究のため日本を訪れている。ただし、最近は中国、韓国等のアジアの国々からも優れた研究結果が発表されるなど、競争が激しくなってきた。よって、世界最先端に位置する日本のニュートリノ研究をより一層発展させるために、日本のニュートリノ研究者の力を融合し、新しい研究成果、新しいアイデア、新しい実験技術を創出し、オールニッポン体制で「ニュートリノフロンティア」のさらなる進化を目指す。


 ② ニュートリノの質量は他の素粒子よりもずっと小さい。これはニュートリノが他の素粒子とは大きく異なる性質をもつことを示唆している。その起源として、大統一理論を見据えたシーソー機構、超弦理論と余剰次元、複合粒子仮説等、様々な可能性が考えられている。起源の解明に向け、「加速器ニュートリノを使った素粒子、原子核実験」、「原子炉反ニュートリノを使った素粒子実験」、「大気ニュートリノと太陽ニュートリノの観測」等で、ニュートリノそのものの性質(質量、混合、粒子と反粒子間のCP対称性)が研究されている。同時に、「地球反ニュートリノ、太陽ニュートリノ、宇宙ニュートリノ等の自然ニュートリノ観測」により、自然の様々な理解(地球内部の熱発生源の解明、太陽の核融合燃焼メカニズム確立、宇宙線起源の解明等)も進んでいる。さらに理論研究において、牧・中川・坂田によるニュートリノ振動の提唱、柳田によるニュートリノ質量の理解(シーソー機構)、柳田・福来によるニュートリノ起源による物質優勢宇宙論模型の提唱(レプトジェネシス)等、ニュートリノが素粒子・宇宙の深部を探るユニークな手段となっている。  上で述べたニュートリノの基本性質を究明するために、加速器、原子炉、自然のニュートリノ源を組み合わせてニュートリノ振動の研究を総合的に進展させることはきわめて重要で、それが本領域の主目的である。θ13 ≠ 0、つまり3世代間ニュートリノ混合が確立した今日、複数の測定を組み合わせることで、ニュートリノにおけるCPの破れを捕らえられる可能性が高まった。また、大気ニュートリノと宇宙ニュートリノの同時観測により、ニュートリノ天文学のさらなる展開を目指す。


 ③ 本研究は5年の研究期間の間に、以下の研究成果が期待できる。  (1) 加速器ニュートリノ実験T2K、原子炉ニュートリノ実験Double Chooz、スーパーカミオカンデによる大気ニュートリノ観測を組み合わせ、ニュートリノ質量起源解明の鍵となるニュートリノ振動パラメータ(質量2乗差∆m232, ∆m231、混合角 θ23, θ13)を現状の数倍以上の高精度で決定する。そして、未発見の「ニュートリノと反ニュートリノ間の対称性(CP対称性)の破れ」を探索する。  (2) T2K実験でニュートリノと原子核の反応断面積を高精度で測定し、原子核のクォーク・グルーオン構造を理解し標準反応模型を構築する。  (3) 宇宙ニュートリノ望遠鏡IceCubeの観測感度の向上および新型望遠鏡ARAの設置により、太陽系外起源宇宙ニュートリノの観測数を増やし超高エネルギーの宇宙像を描く。  (4) 原子炉反ニュートリノ実験の技術を汎用化し、ニュートリノによる原子炉モニターを製作する。  (5) 大型測定器ハイパーカミオカンデ(Hyper-K)の要素開発(新型光センサー等)を完了し、プロトタイプを製作し、計画を具体化する。  (6) 超高解像度(∼ 10 nm 分解能)、超高エネルギー分解能(meV 分解能)、3次元イメージングの3種類の新型ニュートリノ測定器技術の開発研究を行う。その技術の放射線測定器への応用を進める。  (7) 「(1) ∼ (3)の結果」に基づき 、ニュートリノ物理と「力の統一・量子重力理論」、「宇宙論」、「素粒子標準理論を超えた物理」の整合性を精査することで素粒子・宇宙・時空の起源という大きなテーマに向かって新たな理論的突破口を見つけだす。特に、ニュートリノ質量模型の多角的な検証や初期宇宙におけるニュートリノの役割を確立することで、ニュートリノの質量の起源に迫る。


 ④ 本研究領域は「(1)多様な研究者による新たな視点や手法による共同研究等 」と「(2) 異なる学問分野の研究者が連携して行う共同研究等」の推進により、新たな展開を目指す。特に、本領域には、素粒子、原子核、宇宙線、宇宙分野の理論および実験研究者が集まっており、エネルギーで10−3eV以下のニュートリノ質量から、1015 eVの宇宙ニュートリノ観測、1025 eVの大統一理論まで、28桁以上にわたる広範囲なスケールでの多様な視点で、ニュートリノを通し自然を観察する。これにより、これまで個別に進められていたニュートリノ研究を有機的につなげ、ニュートリノフロンティア研究を推進する。また、本領域は「(4) 当該領域の研究の発展が他の研究領域の研究の発展に大きな波及効果をもたらす」にも該当し、ニュートリノ実験での技術を応用した原子炉モニターによる安全保障技術の進展、放射線イメージング技術向上等、応用科学の分野への大きな波及効果が期待できる。


 ⑤ 日本における素粒子物理学の研究は、湯川、朝永、小柴、南部、小林、益川のノーベル賞に示されるように、国際的に極めて高い水準にある。さらに、我が国の研究者によって発見された「ニュートリノ質量」もノーベル賞級の成果である。本研究領域は、これらの研究の延長線上にあり、「ニュートリノ質量」の起源を探り、小柴らにより開拓されたニュートリノ天文学を発展させ、小林、益川により示されたCP対称性の破れをニュートリノで探索する、世界第一級の挑戦的な研究を押し進める。