京都高エネルギー研究室 ニュートリノグループ


光センサスペック向上による陽子崩壊探索への効果

陽子崩壊探索とは?

陽子とは、私たちの体をはじめ、この世界にあるモノを作っている色々な原子の中心にある原子核を作っている粒子の1つです。世の中に溢れ返っている粒子で、とても安定しているので、他の粒子に変化することはないと思われてきました。この100年ほどの間に素粒子物理学者達がコツコツと作り上げて来た標準理論では、この世界は素粒子と呼ばれるこれ以上小さく分割できない粒子たちが基本的な四つの力によってくっついたり、退け合ったりしながら、寄り集まり、作り上げていると考えられています。この標準理論では陽子は安定し変化しないと考えられていましたが、標準理論に出てくる基本的な四つの力のうち、三つの力の起源を一つにまとめようとする大統一理論の多くのモデルではこの陽子が崩壊すると予言されています。

素粒子物理学者の多くは、なるべく少ない法則から、より多くのことを説明できる理論が好ましいと考えているため、大統一理論は大変に魅力的で、多くの人が陽子崩壊という現象を探し求め、大統一理論が正しいという証拠としたいと考えてきました。

陽子崩壊探索とスーパーカミオカンデ

スーパーカミオカンデの前身であり、小柴さんがノーベル賞を受賞したカミオカンデも当初の目的はまさに陽子崩壊探索でした。これまでの観測事実から(この世界が安定して存在しているという事実からも)たとえ陽子が崩壊するとしても、その確率はとても小さく、実際に崩壊するまでには途方も無い時間がかかると考えられています。一つの陽子に注目していても、観察する人が生きているうちに崩壊するとはとても思えないので、よりたくさんの陽子を集めて崩壊する現象を見られる確率を高くしようというのがカミオカンデの発想でした。陽子をたくさん集めるにはどのような物質を用意してもよいのですが、カミオカンデや現在動いているスーパーカミオカンデといった水チェレンコフ検出器は水を使うため、他の物質を使うよりも簡単に大型化できるのが特徴の一つです。
現在のスーパーカミオカンデはニュートリノ物理で目覚ましい成果を挙げていますが、当初の目的であった陽子崩壊探索でも成果を上げています。未だ陽子崩壊が観察されたことはないため、陽子の寿命はまだ測定できておらず、下限値という形(10の32乗年以上安定していられる)で結果を出しています。

ハイパーカミオカンデと陽子崩壊

スーパーカミオカンデほどたくさんの陽子を集め、10年以上も観測を続けてきても、まだ陽子崩壊は観測されません。このまま観測を続けるのもよいですが、もっと大きな検出器があればいいのに、と思う人も少なからずいるでしょう。現在進められているハイパーカミオカンデ計画が実現すれば、水の容量が約20倍になるため、スーパーカミオカンデでは10年以上かかる観測がたった1年でできてしまうことになります。陽子崩壊が見つかればもちろん嬉しいですし、たとえ見つからなくとも、陽子の寿命の下限値をどんどん長くしていくことができれば、大統一理論の色々なモデルが予言する陽子の寿命と比較することでモデルが正しいかどうか検証していくことができます。正しくない理論やモデルを排除し、正しいものへの道筋を浮き彫りにしていくことも、実験の大きな成果の一つです。

光センサの性能向上でより多くの陽子崩壊現象を捕えられるようになる!

ハイパーカミオカンデはその大きさだけでも陽子崩壊探索において大きな前進となりますが、せっかく新しい検出器を作るのだからより良い性能の検出器を作りたいと思うのが実験屋さんの人情というものです。ハイパーカミオカンデでも、大型化するだけではあきたらず、中につける光センサの性能を上げることで、陽子崩壊への監視の目を強めようとしています。
新しく開発している光センサは従来型の光センサよりも時間分解能に優れています。時間分解能とは、光センサが「いつ」光を受けたかを知る能力のことで、時間分解能が良ければ良いほど、短い時間間隔で来た光を見分けることができるようになります。スーパーカミオカンデやハイパーカミオカンデをはじめ、どのような検出器にも感度というものがあり、感度が低ければせっかく陽子崩壊が起きたとしても見逃してしまうことがあります。光センサの時間分解能が良くなることで,この「見逃し」が減ることが期待できます。

時間分解能が良くなると陽子がK中間子とニュートリノに崩壊する現象をよりたくさん見つけることができる

光センサの時間分解能が良くなることで、感度が上がるのは、陽子崩壊の中でも陽子からK中間子ニュートリノに変化する現象です。陽子崩壊のパターンの中には、陽子からパイ中間子とニュートリノになったり、電子とニュートリノ二つになったりと色々なパターンがあります。陽子崩壊を捕える時にはそれぞれのパターンに特徴的なシグナルを捕まえることになります。
陽子からK中間子とニュートリノに崩壊する現象では三つのシグナルがある時間をおいて出てくるのが特徴です。


一番最初のシグナルは、陽子がK中間子とニュートリノに崩壊した瞬間に出てきます。水の中の陽子というのは大部分が水を構成する酸素原子核の中に存在しています。この陽子が壊れて違うものになってしまうことで、原子番号が変化し、エネルギーの高い状態の窒素原子に変わってしまいます。この窒素原子はすぐにある決まったエネルギーのガンマ線を放出し、エネルギーの低い状態に落ち着きます。この”決まったエネルギーのガンマ線”が一つ目のシグナルです。次に出てくるのは、K中間子が崩壊して出てくるミューオンによるシグナルです。K中間子の間は検出できないので、K中間子として安定して存在できる時間(これを寿命と言います。K中間子ではおよそ12ナノ秒)の後に二つ目のシグナルが出てくることになります。最後のシグナルはこのミューオンが崩壊してできた電子が作るシグナルです。ミューオンの寿命はおよそ2マイクロ秒(2000ナノ秒。K中間子よりも随分と長い)です。

ですから、陽子からK中間子とニュートリノに崩壊する現象を捕える時には、
ガンマ線→(12ナノ秒)→ミューオン→(2000ナノ秒)→電子
と3つのシグナルを捕えることになります。ただし、シグナルとしては二つ目のミューオンのシグナルが最も大きく見やすいため、実際はまずミューオンを捕まえたうえで、過去の記録に遡って、ガンマ線が検出されてないかを探します。

さて、ここで思い出してほしいのが、時間分解能が良い光センサであればあるほど、短い時間間隔でやって来た二つの光を区別できる、という事実です。

一つ目のガンマ線と二つ目のミューオンの間は12ナノ秒しか間があいていません。従来型の光センサでは時間分解能がおよそ2ナノ秒で、2つのシグナルを見分けられず見逃してしまっていたイベントが多くありましたが、開発中の新型光センサ(HPDもBox & Line。詳しくは、光センサ開発の概要を参照)では時間分解能が1ナノ秒に向上し、検出効率が30パーセントほど良くなりました。