国際共同研究の枠組みと意義
「宇宙創生の謎」を、素粒子物理学と宇宙物理学をつなぎ、ニュートリノ研究と宇宙観測を融合することで解明する。素粒子物理は、初期宇宙の超高温・超高密度という極限的な環境におけるミクロ現象を記述する。一方で宇宙物理学は、星、銀河、銀河団などの大規模な構造の進化を遡ることで、マクロな視点から初期宇宙にアプローチする。つまり、宇宙の彼方から到来するシグナルとミクロ世界の物理現象の分析は直接的に絡み合っている(図1)。
本研究では、初期宇宙の「量子ゆらぎ」を通して結びつく課題:インフレーション、暗黒物質の正体、物質と反物質の非対称性の起源、大質量ブラックホールの進化に挑戦する。このために、ニュートリノ研究の最先端を走るハイパーカミオカンデ実験、宇宙背景放射望遠鏡Simons Observatory、暗黒物質探索実験XENON、宇宙ニュートリノ望遠鏡IceCubeで活躍する実験研究者と理論研究者が集い、世界を先導する新しい国際共同研究を提案する。本研究の核となる日本のニュートリノ研究は、ノーベル賞につながったニュートリノ振動の発見とニュートリノ天文学の開拓等で世界的に高い評価を受けており、基礎研究を国際的に先導してきた実績を有する。

図1: 宇宙創生の謎を解明するための課題と、それに挑む国際共同研究の枠組み
「量子ゆらぎからの進化」という視点を通して最先端の国際共同実験プロジェクトをつなぎ合わせ「宇宙創生の謎」を解明する点がユニークな特徴である。さらに、各実験で必要な様々な最先端技術の開発(光検出器、電子回路、大規模データ、AIを活用した解析)、人材育成、理論家との共同研究、を集約し実験プロジェクト横断的に進めることで、大きな相乗効果を上げる。その結果は、宇宙初期の「量子ゆらぎ」を発見し、そこから宇宙の進化を紐解くという、21世紀の素粒子・宇宙像に基づいた新しい学理を創出する。
研究計画の概要
宇宙進化の各段階に対応する信号・現象を観測・分析する図2の実験を遂行すると共に、実験結果を理論的に繋ぎ、「量子ゆらぎ」からの進化を通して宇宙創生を解明していく。

図2: 「量子ゆらぎ」からの進化をニュートリノを基軸とした国際共同研究で網羅
- 宇宙からなぜ反物質が消えたのか?この謎を解明するためには、2027 年から始まるハイパーカミオカンデ実験でニュートリノにおける粒子と反粒子の対称性(CP 対称性)の破れを測定する。実験は日本が主導する国際共同実験であるが、多くの若手研究者が海外に赴き、海外の研究者と協力して実験装置の製作を進めていく。
- 暗黒物質の存在は様々な宇宙観測によって明らかになったが、素粒子標準模型にはその候補となる粒子は存在せず、素粒子と宇宙を繋ぐ上で大きな欠陥である。本研究では、世界最高感度を有するXENON実験で、宇宙に残存する暗黒物質の直接検出を試みる。
- 宇宙の初期におきたインフレーションが量子ゆらぎを残存させたと考えられている。宇宙背景放射(CMB)の偏光観測により、インフレーションの証拠を掴み、その機構を解明する。南米チリで観測を開始したSimons Observatory実験で史上最高感度(従来の10倍感度)の研究を進め、スカラーテンソル比r=0.003に迫る。
- 初期宇宙における大質量ブラックホールを持つ活動銀河が近年次々と発見されている。一方、その性質や重力エネルギーからどのように高エネルギー放射を生み出すのか未だ謎が多い。急速に進むマルチメッセンジャー天文学の中心を担う宇宙ニュートリノ望遠鏡IceCubeで、大質量ブラックホールの進化を探る。