1.序論
本講義は高エネルギー物理学(素粒子実験物理学)の観点から、素粒子物理学の概要を講義します。後期は場の理論の観点から、素粒子物理学について講義されるでしょう。
1.1 素粒子とは
世界を構成する最小の基本単位。つまり世界は何からできているかという、素朴な疑問に答える学問が素粒子物理学です。
素粒子物理と原子・原子核物理の違いはなんでしょう?
共通点: ともに小さな世界を扱っている(量子力学)。
Þ 扱う力=電磁相互作用・強い相互作用・弱い相互作用
異なる点:
素粒子物理 Þ 素粒子は世界の基本構成要素。
基本粒子(内部構造を持たない質点)の性質とその運動を調べる
第1原理から物理を探求する。Simple is Best。
原子・原子核物理学 Þ 物性物理学と同じで(有限)多体系である。
現象をうまく説明するモデル構築を目指す。
よって、基本的にはかなり異なった学問であり、素粒子物理学は物理の中でも特異な分野と言える。
素粒子とは
①クォークとレプトン(物質を構成する粒子):フェルミオン スピン1/2
|
第1世代 |
第2世代 |
第3世代 |
クォーク |
u-quark (up) |
c-quark (chram) |
t-quark (top) |
d-quark (down) |
s-quark (strange) |
b-quark (bottom) |
|
レプトン |
e(電子) |
m(ミューオン) |
t(タウ) |
ne(電子ニュートリノ) |
nm(ミューオンニュートリノ) |
nt(タウニュートリノ) |
+その反粒子
②ゲージボゾン(力を伝える粒子): ベクターボソン スピン1
電磁力 |
g (光子) |
電荷 |
弱い力 |
W+, W-, Z+0 |
弱電荷 |
強い力 |
g(グルーオン):8種類:g(RR), g(RG), , g(RB), g(GR), g(GG), g(GB), g(BR), g(BG), g(BB)-[ g(RR)+ g(GG)+ g(BB)] |
カラー荷(R,G,B) 電荷:+、-のようなもの |
③ヒッグス粒子: スカラーボソン スピン0
H (1個以上); 各素粒子に質量を与える粒子。
[HW]各素粒子の質量と寿命を調べなさい(正確な値で無く、大体のスケールでよい。例チャームクォーク~1.4GeV、寿命10-13~10-12s)。寿命が定義できない場合は、粒子の幅を示しなさい。(例:Wボソン、幅は2.118 GeV)また各素粒子に働く力の種類を答えなさい。
強い相互作用の講義時に説明しますが、クォークとグルーオンは直接観測されません。観測にかかる粒子は
①バリオン(核子の仲間)
p(陽子)[uud]、n(中性子)[udd]、Δ++(デルタ)[uuu]、Λ(ラムダ)[uds]、
Σ+(シグマ)[ uus]、Ξ0(グザイ)[uss]、Ω-(オメガ)[sss]、Λc+(ラムダ)[udc]…
②メソン
π+(π中間子)[ud]、η0(エータ中間子)[ud+ud+ud]、ρ(ρ中間子)、ω、φ(φ中間子)[ss]、K+(K中間子)[us]、K0(K中間子)[ds]、J/ψ(ジェー・プサイ)[cc]、D+(D中間子)[cd]、Υ(ウプシロン)[bb]、B+(B中間子)[ub]、BC+[cb]…
と無数に存在する。素粒子ではないが、日頃、素粒子実験で主役となるのはレプトンもしくは上記の粒子(素粒子ではない)である。
1.2 力
素粒子に働く力は、重力・電磁力・強い力・弱い力の4種類であるが、重力は非常に小さいので、ここでは取り扱わない。
Ø 電磁力 (e+→e-)
Ø
重力
Ø 弱い力 (n→e, m)
Ø 強い力 (n«p)
力 |
強さ |
到達距離 |
特徴 |
強い力 |
1 |
10-15m |
陽子、原子核を束ねる力 |
電磁力 |
0.01 |
∞ |
身の回りの重力以外の力。電気。かみなり。分子間力。 |
弱い力 |
0.00001 |
10-17m |
ベータ崩壊、ニュートリノ、太陽の燃焼 |
重力 |
10-38 |
∞ |
万有引力、宇宙の形成 |
弱い力と強い力は短距離力なので、我々の日常生活で力を感じることはない。しかし、我々の世界を形成する上では必要不可欠な力である。
[HW] なぜ、弱い力と強い力が短距離力なのか調べてみて下さい。両力は異なった理由により短距離力となっています。
1.3 素粒子物理学の歴史
配布資料参考。約100年前にJ.J. Thomsonによって最初の素粒子“電子”が発見された。1920~1930年に量子力学が確立され、近代的な素粒子物理学は1930年頃の陽子、中性子の発見、Dirac方程式の確立からスタートしたといえる。1960~1970年代のクォーク模型、各種素粒子の発見、電弱統一理論、1980~1990年代のゲージボソンの研究、1990年代の小林・益川行列の確立、1998年ニュートリノ振動発見による標準理論を越えた現象の発見と続いている。
1.4自然単位系
基本単位系(MKS単位系;M[メートル]、K[キログラム]、S[秒]、A[アンペア])はマクロな世界を記述するのに適しているがミクロな世界を表すには不向きである。
自然定数
名称 |
記号 |
値 |
単位 |
プランク定数 |
|
1.05457266´10-34 |
m2kg•s-1=J•s |
光速 |
c |
299,792,458 |
m•s-1 |
素電荷 |
e |
1.602217733´10-19 |
A•s |
重力定数 |
G |
6.67259´10-11 |
m3kg-1•s-2 |
自然単位系: h
= c = e0 (真空の誘電率)=1 (m0=1ともなる)
Þ e = 0.0917012
エネルギー: 1eV=1.602×10-19J
1keV=103eV, 1MeV=106eV, 1GeV=109eV, 1TeV=1012eV
質量: 1eV/c2 = 1.78×10-36 kg
電子が511keV/c2、陽子が938MeV/c2
運動量:1eV/c=0.535×10-27 kgm/s
断面積:
(注)sは重心系の全エネルギーの2乗
この反応の断面積をm2で表すと、エネルギー1GeVでの反応断面積は
s~2pr2=9×10-36
r~10-18m; よって反応粒子を古典的に大きさがあるとするとその大きさは10-18mに対応する。この対応は正確ではなく、皆さんに素粒子反応の大きさのスケールを理解してもらいたいだけです。
[HW]π中間子の質量を140MeVとして、不確定性原理、Dl=cDt、を使って仮想π中間子が相互作用を及ぼす距離
を求めよ。
1.5 相対論の関係式とローレンツ変換
4元ベクトル
4元座標 xº(x0, x1, x2, x3) º (ct,x)、
4元運動量 pº(p0, p1, p2, p3) º (E/c,p) 注:単位を合わせる
内積
a•bºambmº a0b0 + a1b1 + a2b2 + a3b3º a0 b0‐a•b
bmº (b0,-b)
p2=(E/c)2-p2=m2c2
非相対論的極限(mc>>çpç)
Ø 計算例
Zボソン(90GeV/c2)生成に必要な加速器エネルギー
² 電子・陽電子衝突実験
p1=(E1/c,p1), p2=(E2/c,p2) p=- p、me=511keV/ c2
(E/c+ E/c)2=902/c2
E=45 GeV
² 陽子固定標的実験
p1=(E1/c,p1), p2=(E2/c,0) p1=(0,0,pz)、p2=0、mp~1GeV/ c2
(E1/c+
mp,p1) 2=902/c2
p>>mpより
2 mp E1 =902
E1 ~4000GeV
ローレンツ変換
慣性系Kに対して、x方向に速度vºbcで動いている別の慣性系K’での座標は
――――(1.1)
と表せる。ここでb、gは
である。
[HW] 式(1.1)の逆変換を求めよ。つまり慣性系Kの座標を慣性系K’の座標で表せ。
また粒子のエネルギーと運動量は
E=gmc2, p=gmbc
と表せる。
[HW]エネルギー10GeVを持つ質量500MeV/c2のK+中間子のbとgを求めよ。このK中間子の寿命(静止系で12nsec)は何nsecと観測されるか?
1.6 不確定性原理と粒子の寿命(t): t秒後に粒子の個数は1/eとなる。
μ:2.2μ(10-6)sec、π±:26n(10-9)sec、π0:8.4×10-17sec(直接測定できる限界)、
中性子:886sec
短寿命粒子(10-25):不確定性原理より粒子の質量の不確定性が入る。
ΔE•Δt~h (6.5821220×10-22MeV•s)、
Δt~10-25 ÞΔE ~ 6,582MeV (~7GeV)
こういう短寿命粒子に関しては粒子質量の幅(G)∝1/tを寿命の代わりに使う。