08 うちの妻は「元手ナシにお札を刷る」に納得できません:日経ビジネスオンライン

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 さて『日本経済復活 一番かんたんな方法 』を読んで、ぱっとひっかかりそうなところを伺ってきましたが、改めてここまでをまとめてみたいと思います。

 
景気対策と日本のシステム(財政、年金、人事など)改革は平行して進めるべき課題。
 
ただし、成果を出すまでの時間軸がそれぞれ異なる。もっとも目先の効果が得やすいのが、デフレ不況からの脱出。
 
デフレは「将来が不安だから、お金の方が物よりも大事だ」という心理状態であり、解消するにはお金の気楽に使えるようにしてしまえばいい、それには、お金を潤沢にすればよい。よって、一定水準までの金融緩和を政府・中央銀行が責任を持って遂行する、リフレーション政策が有効。(この辺までは前々回「デフレの正体は「思い出より、おカネ」と思う心にあり 」。リフレ政策についてのよりくわしい内容、有効性についての議論は『日本経済復活 一番かんたんな方法 』を参照)
 
リフレ政策はシステムの問題先送りにはつながらない。改革、産業構造の再構築をやるならば、好況下で行うほうが進む。同じ頑張るなら成果が出やすい状況の方がいい。
 
財政、年金問題の改善にはリフレだけでは対応できない。それぞれに施策を打つべき。好況に転じ、将来への不安が和らぐなかでその痛みは最小化できる。
 
あらゆる問題に有効な「抜本的な対策」「100%の裏付けがある方法」というものは存在しない。それを求めていると泥沼の水掛け論になる(どんな方策にも、かならず反論は出せる)ので、個別に問題を切り分け、時系列を整理して、ひとつひとつ対策を講じていこう。(ここまで前回「経済成長すれば、財政も年金も心配なくなるの?」)
 

と、いうことになるかと思います。しかしコメント欄がすべての読者さんの意見を代表するものではもちろんないのですが、書き込みを見る限り、まだまだ「お金の価値」を恣意的に動かす「不自然な」ことをするより、デフレに耐えよう、あるいは、もうあきらめよう(笑)という雰囲気の方が強いように見えるんですよね。

―― インフレ・デフレの問題、そして経済成長は「意図的に」手を突っ込んでいいことなのか、できることなのか、必要なのか、私たちにとってはやはり難しいテーマのようです。

飯田 第1回からの内容と、『経済成長って何で必要なんだろう?』を見て頂ければそういった疑問は氷解すると思います。直に聞いていただく(直近では大阪で開催予定。飯田泰之「経済センスを身につける!速習経済学の基礎理論」)のもいいかもしれません(笑)。

日本経済復活 一番かんたんな方法 』(光文社新書 勝間和代、宮崎哲弥、飯田泰之著、シノドス企画・編集)

 そうそう、あとこの話は『日本経済復活』にも書きましたけれども、中小企業などの業界団体にこの「経済成長」のお話をするとすんなりと理解してもらえる事が多い。「デフレは困るでしょう、円高は困るでしょう?」だけでもう説明不要なんですよね。「じゃあ、それをどうするか」という話にすっと行けるんです。

荻上 特に、輸出に関わる下請け企業などを経営されている方は、為替や物価、今の円高やデフレの影響を強烈に体感していますからね。

――なるほど。しかし「耐えよう」「諦めよう」という方は、その手前で躓いている印象が強いです。なぜでしょうか。

ピンと来にくい背景に、自営業との温度差がないか?

飯田 日本の場合、幸か不幸か、ホワイトカラーのかなりの人数がいわゆる経営・営業サイドから遠い仕事に従事しています。マスメディア、出版社も、編集に携わる部署は営業から切れてしまっています。僕も含めた学校の先生なんかもっとですよ。こうなると、ピンとこないんですよね。デフレのどこがまずいとか、円高のなにがまずいというのが。

―― そもそも読者の多くの方は、私と同じく勤め人ですね。

飯田 自営業種だと、デフレがいいと思っている人はまずいないんですよ。直に景気の風にあたっているから。勤めている方は組織の仕組み上、「お金をもらう相手」が「世の中」や「お客さん」ではなく、「会社」だ、と思いがちなので、景気への切実さにワンクッションあるんですよね。

荻上 それでも、いよいよメディアの反応が従来変わってきている感じがするのは、メディアの広告収入の落ち方が半端じゃないからではないかと。各企業、各産業の出稿意欲の影響をモロに受ける広告は、景気との連動性の高さが指摘されていますからね。

―― な、なるほど(笑)。

荻上 僕からも、飯田さんにちょっと投げてみたい話題があります。「財政政策だけでは、景気刺激効果が海外へと逃げる」ということは、よく指摘されますよね。で、最近、それとは真逆の、「金融緩和政策を日本でやっても、その効果は海外に流れる」という、非常にユニークな意見を目にしたんです。

―― なぜそうお考えになるのでしょうか。

荻上 その方は、「日本に投資先なんてないから」という認識でいるようでした。そのロジックはさておき、こうふうに考えている人は確かにいそうだな、と思ったんですね。つまり、「投資」というのを、ちょっと大げさに言えば「100入れたら300になって返ってくるもの」「何かすごい発明を期待して行われるもの」みたいな思いこみで捉えているのではないかな、と。だから、「イノベーションが起きるわけでもない日本に、いくらお金をばらまいてもダメだろう」という風に捉えるのかな、という。

賃金を下げるか、円安に振るか?

飯田 1つ言えるのは、例えば金融緩和・インフレ政策によって為替が円安になったとしましょう。円安がある程度までいったら、日本って海外にとって非常に魅力的な投資先になるんですね。なぜならば、労働者の価格が質で見ると安くなるからです。

 いま、なぜ日本に投資機会がないかと言ったら、あまりに円高で、人も高い、土地も高い、生活費も高い、何もかも高いんですよ。投資先という視点では、まさにチキさんが言ったように、誤解されているところがあって、ぐいぐい育つ、成長するというイメージなんですけれどもね。

荻上 金の成る木、みたいな感じですね。

飯田 そう。でも結局、お金って相対的なもので、安く買って高く売れば儲かるのですよ。売る場、買う場がどんな未開社会だろうが、どんな停滞している社会だろうが、安く買って高く売れば儲かるんです。ということはどうすればいいかといったら、いま国際的に見て、日本の労働力が高いと。そのときに2つやり方があるんですね。日本の労働者の賃金をがっつり下げる方法です。

―― なるほど。

飯田 もう1つは円安にするという方法です。どっちがいいですかと言ったら、円安の方がよくないですかというのが僕の意見なんですよね。例えばそれでいうと、城繁幸さんなんかの、1%の賃下げが99%の人を救うという意見がありますよね。



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2010年3月5日(金)

08 うちの妻は「元手ナシにお札を刷る」に納得できません

『日本経済復活』その3

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荻上 『たった1%の賃下げが99%を幸せにする』(東洋経済新報社)、ですね。日本が到達しつつある「新しい階級社会」に対する、ひとつの思考実験だと。

飯田 実はあれ、正しいんですけれども、それでも下げたらまずい。名目賃金を下げると、たとえば住宅ローンを抱えている層は厳しくなる。

―― 実質的に支払いが増えるからですね。

飯田 今度は借金地獄の方にはまってしまう。まして前回も「財政問題より年金問題の方が『切実』だ」という話の中で触れましたが、自分の利益を削る方向に動くのは、誰にとっても極めて難しいと思うんですね。

 それに対して円安だと、このデメリットが一切起きないで日本人全体の賃金を下げられる。例えば20%、日本人を国際的に見て賃下げしてくれたら、もうスーパーバブルになると思うんですよ。実際に製造業の人に聞くと、1ドル105円だったら完全にバブルだと、「うちは儲かって、儲かって、たぶんベンツぐらい買っちゃうよ」というぐらいの勢いの。実際にお話を聞くと、100円当たりが分岐点だと言うんですね。95円を切ると日本の製造業の競争相手が、インドネシアやベトナムとかになっちゃうんですよ。

2割の下落で、企業と雇用は日本に戻ってくる

―― しかし、2割程度で日本と新興国の労働コストが逆転するもんでしょうか。

飯田 給与だけではダメでしょう。でも、歩留まりや質ではまだまだ日本と差があるから成り立つんですよね。どういうことかというと、欠品損品率がめちゃめちゃ高いけれども「そんなの後でチェックすればいいじゃん、これだけ安く作れるんだから」という判断が日本と比べて成り立つかどうか。そこが、給与に直すと2割ぐらいの差になるわけです。

 日本の労働者が、ドルベースで見たときに2割ぐらい賃金が安くなれば、「いやいや、欠品損品は少ない方がトータルでは利益になるでしょう」という思考になるんですね。

荻上 そうなれば、逆に「コストカットのため」に日本に戻ってこようと考える企業が出てくると。

飯田 もちろん、これは日本の問題の根治とか、根本的な再生が円安でできるという話じゃないですよ。でも、別に根治しなくてもいいし、根治の方針を鋭意研究しているうちに「我々はみんな死んでしまう」でしょう。ならば、症状の緩和から考えていく必要があると思うんです。

荻上 完璧に経済が回る社会とか、完璧に教育が機能している社会とかを想定する作業はいいことです。人々をモチベーショナイズするためには、そういう美しい目標が必要でしょうし、研究的パッションも、そうした理念への駆動が支えてくれる面がある。でも、「完璧じゃなきゃ嫌だ」「まだ不明なことは決断するな」と言うことが、パフォーマティブには「現状放置」として機能することの是非もまた、別次元の倫理として問われることでしょう。

左:飯田泰之 氏 右:荻上 チキ 氏
(写真:大槻 純一)

 以前シノドスのセミナーに、小島寛之先生をお招きしたときにも、似た話題になりました。経済学は「科学」たるべきか、「医学」や「工学」たるべきか。そして今の経済学は、その両者のいずれか足りえているのか。小島さんはゆくゆくは「科学」を目指すべきだと述べ、飯田さんも長期的にはそこを目指しつつ、まずは工学的に、実践をつみながら発展して欲しいと応答していた。このやりとりの緊張は、非常に重要だと思うのです。

―― 理屈はともかく、使えるところから使ってしまえと。

飯田 ところで、為替相場のお話、さらに言うと、「海外の資金が日本を見限る可能性」というのは、結構大切なところで。

―― そうでしょうね。

飯田 日本円が見限られると一気に円安は進みますから、いきなり製造業が復活してしまう。

―― え、そう来ますか。

韓国に、そして歴史にもし学ぶなら

飯田 これはアルゼンチンと韓国の例が一番いいと思うんですけれども、アルゼンチンと韓国を救ったのは、フリーフォールのような為替の下落なんですよね。これはクルーグマンが……まあ、クルーグマンばっかりだと、また飯田はクルーグマン信者だと言われちゃうんですけど。

―― はぁ。

飯田 いや、実際にスティグリッツとクルーグマンって、通った後はぺんぺん草も生えないといわれている人たちで、言うべきことは全部2人が言い尽くしているんですよ。だから公共経済学ではスティグリッツ、貿易理論ではクルーグマンの通った後って、もう雑草一本生えないんですよ。全部刈り取り済みになっちゃうと言われる。

―― で、クルーグマンはなんと。

飯田 債務危機とかで為替レートの下落が起きたときに、通貨当局が取る一番まずい手が、(自国の通貨を)買い支えることなんです。例えばアルゼンチンとか韓国は、というより日本以外のほとんどの国では、借金がドル建てなんですよね。米ドル建ての国債を発行しているので、自国通貨がドルに対して高いほうが借金が返しやすくなる。

―― ペソ高、ウォン高にすると自国立てで返す金額が減るから、当局はどうしても買い支えたくなるんですね。

飯田 そうです。最後までせめぎ合ったんですよ。

―― なるほど。

飯田 もう1つの例が、日本が昭和恐慌のときの大蔵大臣、井上準之助が取った行動です。井上準之助は外債(ドル・ポンド建て)があるから、どうしても円高にこだわったんですよね。なんですが、蓋を開けてみたら、フリーフォールさせた方がお得だったと。

―― 井上の後、高橋是清が採った積極財政による景気回復を指しているわけですね。円安にして、輸出で稼いだ方が、トータルではお得だった。



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飯田 日本は日露戦争の戦費や関東大震災の復興資金をがポンド建てとドル建て外債で海外から調達していました。そして高橋の円安政策で外債の償還はどうなったか……30年代後半にいよいよ第二次世界大戦という状態になるまで滞りなく返済を続けています。

荻上 そういう態度こそ正しい「我慢」ですよね(笑)。

飯田 だから1931年にフリーフォールさせて、結局、そこから本当に戦争になっちゃうまで、ちゃんと海外、アメリカに対して返し続けているんですよ。

荻上 歴史的に振り返ると、フリーフォールの方が「お得」だったわけですね。だいたい国家の通貨危機、債務危機というのは、無理くり為替レートを自国通貨高で保とうというときに起きるものですよね。政策が無理をしていることがわかるから、狙うんですね。

―― それは無理だろう、と。

飯田 そうです。売り浴びせたら、絶対に耐えられなくて半年で音を上げるだろうと思うから、投機筋がかみついてくるんです。けれども、日本の場合は無理な円高を続ける意味があまりない国なんですよね。外債の心配がないので。

 つまり為替をフリーフォールさせたら(ドル建ての借金の額が膨れあがって)国債を返せなくなりました、という状況になることは少なそうだ。さらにそれ以前の問題として、現在の日本は内貨建て(円建て)の国債ですから、円高にするメリットが本当にない。

―― じゃああれですか、韓国企業が選択と集中、イノベーションを大胆に行って世界市場で活躍している、というのは、そもそも為替、具体的にはアジア通貨危機の1997年、さらにリーマンショック(2008年)のウォンのフリーフォールがあってこそだと。

ウォン、円の対ドルレート推移(1996年を100として比較、上に行くほど円・ウォン高)
(C)2010 by Prof. Werner Antweiler, University of British Columbia, Vancouver BC, Canada. 出典はこちら
画像のクリックで拡大表示

飯田 基本はそれだと思います。

―― ウォン安で競争力が上がって、改革を行う余裕を得た、そこを逃さず技術やデザイン、マネジメントへの投資に利用できた、という流れが実態に近いのかもしれない。得られた資金が、バンクーバーのメダル量産の背景にもあったりして。

飯田 もちろん韓国製品の質もどんどん上がっていますし、そこに安いという追い風までもらったので、それは勝ちでしょう。

―― う~ん。

飯田 日本の場合、ファンダメンタルズは決してよくはないですけど、悪くもないので、フリーフォールと言ったって1ドル110円、一時オーバーシュートしても120円程度だと思うんですよ。そのくらいまで為替レート下げさせてくれないものかね、という。

荻上 そこで、やっぱり「円の信任」とかいう話になるわけじゃないですか。円が下落するということを、国威に傷がつくかのように捉えると。

飯田 そう、いいですね、円の信任って「国体」みたいな感じで使われていますね。

うちのかみさんは「タダでお金が刷れる」に納得しない

―― たいへん面白いのですが、この辺でお話のレベルをぐっと引き下げたいと思います。

 リフレの話を、たとえば家でかみさんにするじゃないですか。で、どうしても彼女が納得しないのが「市中にお金をたくさん出す、というのはいいとして、そのお金は誰がどういう責任で刷るのか?」ということなんです。お話のレベルをぐーんと下げちゃうんですけれども、原資はどうなるのか。筆者陣としては、財政再建に必要な増税とセットで、リフレをやりましょうということなんでしょうか。

飯田 というよりもリフレをやって、落ち着いてから増税すればいい。前回出てきたとおり、リフレの後追いになるというか、リフレにとって邪魔にならない増税は今のところ相続税だけだと思いますね。相続税はむしろ消費を加速するので、さっさとやるべきです。いわゆる所得税、消費税等の増税は、後回しだろうなと。さらに言うと法人税は確実に下げるべきだと僕は思っています。

荻上 いや、いまのYさんの質問って「何か実態がないと、お金って刷れないんじゃないの」みたいなことですよね?

―― そうです、そうです。刷る裏付けは、例えば国債、あるいは増税で、ってこと? という話で。

荻上 ふむ。「何でタダでお金を刷れるの?」と。お答えとしては、「刷れるからしょうがないじゃん」になります(笑)。要は、それを信頼を失わない範囲でコントロールするのが中央銀行の仕事なんですよ、と。

―― そういう権利があるからOKだと。うわー、そういうことなんですか? 正直、それって理屈としては知っていても、そんなことしていいの、気持ちワルイ、というか、心理的な抵抗感がすごくあるんですけど。

荻上 その抵抗感はよくわかりますよ。ただ貨幣の構造と、一般的な常識、思い込みには、ギャップがあるんですよ。今の貨幣は、金本位制時代のように、保有する金の量に裏付けているわけでもないですからね。マネーは、形式として多くの人が受け入れていること自体、「交換できる」「通用する」という事自体が根拠になるので。

―― あー、それはそうなんですけれど。



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飯田 その(貨幣的な)裏付けというのは、日本国家の永続性と徴税権に担保されているんですね。何で「ただの紙」でしかない紙幣が流通するか、一番のポイントは、それで納税できるからです。

 ハイパーインフレとか、いわゆる貨幣価値の消滅はそのお金で納税できないんじゃないかという疑いが始まるときにおきる。確かにこうなると、もう手が付けられないですね。だけど、日本の場合、大変幸運なことに日本国がなくなるとか、革命政権に取って代わられるという懸念はない。あるいは外国の軍隊に占領されるという恐れも今のところない。

荻上 ちょうど最近、JALが破綻しかかったことが話題になり、上場廃止に至るまでに株の価値がすごく下がりましたが、企業の株式価値が破綻していくのは、メタファーとして国家のそれと結構似ていますね。株というのはいわば企業貨幣ですから。

飯田 株がなぜあんなに下がるかというと、株ってもともと利益を受け取る権利なんですね。ということは今後利益が出ないと分かった瞬間に、もう紙くずなんです。何で1万円の札に1万円の価値があるかといったら、納税のときにそれを1万円だと言って払えるからなんですね、やっぱり。それがなくなるかどうか。軍票がすぐ紙くずになるのは、それで税金を納めさせてくれないわけですから、占領軍がいなくなってしまえば……

荻上 さっと価値は消えますね。

飯田 そうそう、敗色濃厚になると急に維持できなくなるんです。

現金そのものが、無利子無期限の「政府債務」

―― 信用が残っている間は、お金を刷るために、国債を増発したりしなくてもいいんだと。

飯田 元々現金というのは無利子無期限の「政府債務」です。「政府債務を発行するために、国債を増発する必要がある」と考えてみるとわかるでしょう? 

―― 借金がしたければ、まず金を借りてこなきゃ、ということになる。

飯田 そうです、それは全く混乱した理解です。第一、実際の金融政策で市中に現金(正確にはベースマネー)を注入する際には、国債を現金で買うので、国債の市中保有額は減少するんです。

―― じゃあ、仮にお札をたくさん刷ろうとした場合は、別段法律とかつくらなくても、輪転機をがーっと回すことは可能なんですか。

飯田 日銀がその気になれば可能ですね。ただ、お札を刷ってもそれを市中に流すためにはいろいろな手があります。通常の場合は今言ったように国債買い入れですね。

 実を言うと僕はリフレの中で一番穏健派で、実際に札を刷らなくていいと思っているんです。というか、札を刷る必要はまるでなくて、「いつでも欲しくなったときに、札を刷ってあげるよ」ということを、みんなに信じてもらえればいいんです。

―― なるほど。

「要るときにお金を出してくれる」と、信じてもらえればいい

飯田 例えば、今年は新興国、来年は先進国が回復します。そこに商品を供給するために、企業に資金需要が出ます。「その資金需要が出たときに、必ずそれに対して供給します」という約束でいいんです。

 ただ、これが大変日本が厳しいところでして、FRBとバンク・オブ・イングランドは「絶対に供給しますよ」と言うだけで、信用してもらえる状況です。過去の実績から、きっとやってくれると。日本の場合は、かつて3回も無茶なことをしているので。

―― 3回?

飯田 第1次ゼロ金利解除、次に量的緩和解除、次に第2次ゼロ金利解除。3回も、デフレなのに資金を引き上げている。景気がよくなってきて資金需要が出てきたとき、企業が欲しがったときに、ちゃんと出してくれなかったんです。3度もやったら、また次もだめだろうと思われてもしかたない。

 いうことがあるので、もうこれは何らかの法律か、特別立法か、特別決議がいると。

―― なるほど、がっちり一筆取ると。

飯田 そう、一筆取るしかないという話が、僕のリフレ論の当座の結論です。

 お札を実際に無理やり刷るとか、ヘリコプターマネーを行うのは、僕は主従で言うと従だと思っているんですね。ヘリコプターマネーは、「日銀は変わった。ちゃんと景気を意識している」という広告のため、将来必要なときに、お金が出るよということをアピールするための1つの方法であって、いわゆるリフレ政策の理論の根幹ではないと思います。

―― ああ、小市民の私はそう言われるとちょっと安心。実際にお金をばらまかなくても、例えばインフレターゲットはこれぐらいに置きますよと宣言して、それが守れなかったら、日銀総裁はじめ責任者は首を差し出しますよ、で、効果としては出るじゃないかと。

飯田 そうですね。インタゲだと分かりにくいと言うんだったら、消費者物価指数が2%になるまで、一切もうゼロ金利政策には手を付けませんと、ゼロのままですと言ってしまうことが一番いいと思うんですよね。

―― ああなるほど、分かりやすい(笑)。

*     *     *

―― 安心はしましたが、それでもやっぱり、「具体的に何事かをなさないで景気を動かせるのだろうか」という疑問は消えないなあ。

荻上 たとえば「高度経済成長のときは、団塊の世代が、戦争に負けた鬱屈やら、再興への責任感で、みんな必死に頑張ったから景気が上がったんだ」みたいな「お話」をするじゃないですか。

―― しますね。

荻上 どこかで「頑張らないと景気は上がらない」と思っているわけでしょう。それをテクニカルに変えられるかというふうに説明すると、やっぱり詐欺師だと思われますよね。

―― できるんですか?

飯田 高度成長、何が効いたかって、あれは360円が効いたんですよ。あれは吉田茂の大功績ですよ。

―― おお?



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飯田 アメリカ側は、最初は当時の平均的な為替レートである330円か、もう少し円高の300円を提示したと言われます。それを粘りに粘って、ほかは全部譲って360円にしてドッジラインの為替レート提案を勝ち取った。あれは彼の大功績なんですよ、本当は。

 そして、当時の日本は世界的に見ても識字率が高かった。「マニュアルを読めばそのとおり動ける」、それだけであのころは大アドバンテージなのです。その労働人口を、農村に大量に抱えていた。これに強烈な円安の固定相場を組み合わせれば、むちゃくちゃ強力。しかも大市場の米国があった。

吉田茂がなぜ偉かったか

荻上 これは重要な視点です。一般的に吉田茂への評価は、日米安保との距離で語られることが多いですよね。憲法九条を遵守する立場からの批判なり、「対米追従」への批判なり、そこで問われ続けてきたのは、「日本をいかなる主体にするか」という抽象的な課題でした。

 あるいは、日米安保こそが、日本を戦争へと向かわせず、経済発展に集中させた要因なのだと語る人もいる。ところが為替に注目すると、安保の過剰重視とは違う評価になるわけです。すなわち、彼が為替レートを保守したこそが、後の歴史を決定づける要因だった、とか。

 政治や歴史を語る際、僕らはつい、イデオロギー的な対立に対して、政治的なインテリジェンスをどう発揮したかという話にときめきますね(笑)。でも、インセンティブ構造に、実質的にどのように介入したのか、みたいなものこそが実は、重要なんだと思います。

―― 面白いですね。

飯田 あとは、やっぱりあの時代の保守系の政治家さんとか、官僚さん、さらに言うと自由党・自民党だったら石橋湛山もいるわけですから、いかに為替レートが円安であることが重要かというのを知り尽くしている。

―― なぜかというと。

飯田 昭和恐慌と、その後の劇的な回復を実感として知っているからですね。

お金は大事な「道具」、使われるのではなく使うべき

飯田 つまるところ、お金はとても重要な「道具」であって、その「使い方」の巧拙で、そこに生きる人々の幸せ、すくなくとも、幸せのための所与条件が大きく変わってくる。だから、お金や経済、景気を「神託」のように、お告げのように考えてはいけないと僕は思うんです。使うべきものであって、振り回されるものじゃないはずなんですよね。

荻上 お金ってもともと、何でもないただの紙。みんながそれに価値があると思うから、価値が生じるという、「シニフィエなきシニフィアン」。ちょっと古い人文系の人でさえ、よく知っている(笑)。それなのに、「お金を刷る」ことに対する不信感が根強いのは、ちょっと面白いですね。

飯田 そうそう。何でこんな日本が、「貨幣商品説」的と言いますけれども、貨幣に実体があるかのような思考をし始めたのか、不思議なんですね。世界的に見ると貨幣の起源は2つあるんです。貨幣商品説と「貨幣法制説」と言うんですけれども……

―― ちょ、ちょっと待った。その話、もったいないから別にやりましょう!

(ということで、いつかまたの再開をどうぞお楽しみに)